マタニティライフを振り返る = 初期編 =

SOSUKEの1歳の誕生日が迫る中、よく妊娠していた日々のことを思い出します。

若い頃は、結婚したら普通に妊娠し十月十日で普通に赤ちゃんが生まれると思っていました。
それにわたしの母が全くツワリなくかなりの安産だったとよく話していたので
わたしもそうなるものと思い込んでいました。
ところが実際は、わたしにとって長過ぎるマタニティライフでした・・・。

そろそろ忘れそうなので、妊娠記も投稿しておきます。
いつかは授かりたい、次のベビーのためにも☆

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■切迫流産
わたしが妊娠に気付いたのは、不正出血が半月続き産婦人科に行ったときでした。
生理がなかなか終わらない、、、とのんきに思っていたのですが、なんと切迫流産と
診断され、安静にするよう先生にキツク言われました。

当時仕事をしており長期で休むことは難しかったので、時差出勤をさせてもらうことに。
今考えると、妊娠に気付かずスノーボードに行ったり、立ちっぱなしの仕事をしたり
デスクトップパソコンを持ち上げて運んだりと恐ろしいことをしていました。

出血はその後半月続きましたが、無事流産の危機は脱しました。

■生活の変化
初期は妊娠した実感が沸かないので、走りたい衝動に駆られてました^^;

急に『走ってはいけない』生活になりイライラしました。
普段は"東京のサラリーマン"のごとく、早歩きだったわたし。
信号が点滅していれば走って渡って少しでも早く目的地に着きたいと思っていました。
それが、ある日突然『走っちゃダメ!』と言われ、それはもうイライラしました。

今、無事に生まれたSOSUKEを見ると、なんと未熟なプレママだっ><と思います・・・。

■ツワリ
わたしはツワリがひどかった方だと思います。
3ヶ月に入った頃から4ヶ月いっぱいまでの2ヶ月間続きました。

いわゆる『吐きツワリ』、2日に1度は吐いてました。
本当は毎日10回くらい吐きそうになっていましたが、吐くと精神的に凹むので
吐かないよう耐えて耐えて耐えまくるという生活。

吐くきっかけは食べ物の匂いとかではなく、疲れたとき、お風呂で体が温まったときが多かったです。
それ以外でも1日中気持ち悪く、よく人に
「コーヒーカップに乗って酔ってしまった感じが、起きている間ずっと続く」
と表現していました。

他にはこんな感じでした---
 ・仰向けに寝ると喉の辺りに空気圧を感じ、いつも横寝
 ・周りの人に「大丈夫?」と聞かれても「大丈夫だよ」言えない
 ・常に無表情

4ヶ月に入った頃にはほとんど何も食べることができなくなり、わたしの栄養源は(?)
  たらみのフルーツゼリー+ガリガリくん+雪印のコーヒー牛乳 のみ
吐いてしまったときのことを考え、あまりグロテスクではないものを食べるようする始末。
こんな生活だったから、妊娠中だというのに体重は4kg減!
会社に行こうとして貧血で動けなくなり、点滴を受けたこともありました。
2週間マルマル会社を欠勤し、迷惑をかけてしまったな~。
(NさんMちゃんIくん 今更だけどあの時はゴメンね)

赤ちゃんへの栄養が不足することをとても心配しましたが、どうやらこの時期は胎盤?子宮?
内にある栄養分で成長しており、母親が栄養を採れないことは問題ないとのことでした。

いや~、今思い出しても、ツワリの時期はつらかったです。
実際わたしは、出産よりツワリ期の方がしんどかったのが本音。

■精神的変化
自分で言うのもなんですが、わたしは結構強い人間です。
凹んだり思い悩んだりということは、あまりありません。
繊細という言葉の真逆にいると言えるかなぁ。(可愛げのない女なのです)

そんなわたしですが、よく泣きました、この頃。
なぜか涙が出てきたりして、198にワケのわからないことを言って当たってた気がします。

自分のおなかに小さな命が授かっているという事実が、いとおしい前に怖かったのです。
その責任の重さは、今まで仕事で体験したものとは比べ物にならないほどで、24時間それを意識した生活を送るストレスと不安とツワリで、それはそれはひどかった・・・。
言い方は悪いですが『できてしまった』という点で、ママになる準備が人一倍なかったのではないかと思います。
198も大変だったろうな~、でもそれもパパになるための通過点なのだっ^^


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想いのほか長くなってしまった。
次回は中期編。
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by acotoyas | 2005-10-18 17:51 | 余談

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